ビールの歴史について

ブローリー

トップページ| このサイトについて| サイトマップ| ご意見・ご感想

 
ブローリー
ブローリー専門店 ローアルコールビール「ブローリー」 >> ビールの歴史について

 

ビールの歴史について

メソポタミア文明

ビールの歴史は古く、起源は紀元前4000年前後といわれています。 メソポタミア文明の時代シュメール人により造られ始めたとされています。
紀元前3000年頃、メソポタミアのシュメール人が残した『モニュマン・ブルー』と呼ばれる粘土の板碑「ニンカシ(ビールの女神)に捧げる賛歌」に当時のビールの造り方が描かれています。
古代オリエントのビールは、麦芽を乾燥させ粉末にしたものを水で練って焼きパンにしてから、このパンを水に浸してふやかし麦芽の酵素で糖化を進行させて、アルコール発酵させたものでした。
製粉しにくい大麦を消化のよい麦芽パンにする技術から派生してこの方法が誕生したと考えられています。
今のビールとは少し違うようなものだったようですね。

古代エジプトのパピルス文書には、王墓建設の職人たちへの配給食糧としてビールが記録されていました。
一方、この麦芽酵素によって大麦の澱粉を糖化させて、糖液をアルコール発酵させる製造技術は、北方のケルト人やゲルマン人にも伝わりました。
ですが彼らは大麦麦芽をいったんパンにする方法を取り入れずに、麦芽の粉末を直接湯に浸して糖化、アルコール発酵させて醸造する方法でのビール造りが行われました。
本来濁っているビールを澄ませ苦味をつけるために、ありとあらゆるものが添加されてきました。
当時はまだホップは知られていませんでしたので、ビールの香り付けには色々なハーブが用いられていましたが、のちドイツにおいてその抗菌作用と独特の苦みを利用するために、ホップが最も一般的なビール醸造用のハーブとして使用されるようになりました。
ドイツ・バイエルン地方の君主であったウイルヘルム4世は、1516年に当時のビールの品質の粗悪さを憂え、「ビール純粋令」を施行しました。

大麦

「ビールは大麦の麦芽とホップ、水以外のものを用いて醸造してはならない」という内容のもので、いま現在もドイツ国内において製造される下面発酵ビールでこの法律が守られています。
この法律はおそらく、食品に関する法律の中では世界最古のもののひとつであるでしょう。
キリスト教の布教に伴い「ビールは液体のパン」「パンはキリストの肉」という考え方から、教会や修道院などでビール造りが盛んに行われていました。その後ヨーロッパ中へと普及していきました。
エジプトではピラミッドの壁画などには大麦の栽培風景やビールの醸造風景が数多く残されています。
紀元前1700年頃のバビロニアの「ハムラビ法典」の中にはビールに関わる法律が制定されており、ビールの醸造所や料飲店などに関する取締規則や罰則が規定されていたようです。
19世紀後半になると、ドイツのリンデがの冷却機の発明をしたことにより下面発酵ビールが時期を問わず造れるようになりました。

また、フランスのルイ・パスツールが低温加熱殺菌法を考案してから長期保存が可能になり市場への拡大になりました。その後デンマークのハンゼンにより酵母の純粋培養法によって優秀な酵母だけの分離が可能になり、ピュアなビール造りが実現されるようになりました。
現在のビールに至ったのは、19世紀後半にデンマークのカールスバーグ社が開発した技術によるものです。
ビール酵母の純粋培養技術を開発し、さらに雑菌を徹底的に排除した衛生的な缶詰め・ビン詰めという技術を確立しました。
ビールの保存性が高まり、安価で大量に安定供給されることが可能になったため世界の中に流通するようになったのです。

Low Alcohol Beverage brewry.net